お知らせ

2024.12.21 グローバルリスク研究センターキックオフシンポジウム開催報告と動画公開のお知らせ

2024年12月21日、6月に新設された長崎大学グローバルリスク研究センター(CGR:シーグル)のキックオフシンポジウムが文教スカイホールにて開催されました。このイベントは対面で約70名、オンラインで約50名の参加者を迎え、プラネタリーヘルスにおけるグローバルリスクについて文理・分野横断的、多様な視点で活発な議論が行われました。CGRの今後の研究の方向性を考えるにあたって大変示唆に富んだものになったと思います。

各セッションの詳細は後述するので、ここでは全体像を示します。

まず、スピーカーの顔ぶれからも、このシンポジウムの特徴が見て取れます。「グローバルリスクと情報」と題したプレセッションだけ見ても、文化人類学、国際放射線保健学・公衆衛生学、核軍縮、植物生態学と、一見すると脈絡のないと思われてもおかしくないパネルです。実際、それぞれの専門からの話しは一見するとバラバラでしたが、そこはモデレーターの岩下センター長が共通項を見出しながら議論を進めていきました。偽・誤情報がグローバルリスクに発展することをどのように避ければいいのか、という大きなテーマに必ずしもこの場で答えが出たわけではなく、今後のCGRの重要な研究課題となっていくでしょう。

午後の最初のセッション「プラネタリーヘルスを脅かすグローバルリスク:我々は何をすべきか?」は、学際的な持続可能性を研究されているポール・スリバスタバ・ローマクラブ共同会長と、人口社会学をご専門とされている白波瀬佐和子・国連大学上級副学長のお2人に基調講演をしていただきました。次のセッション「ポリクライシス(複合危機)の時代における価値の追求」では、本来の人間の価値に基づいた経済システム「公共善エコノミー」を提唱するクリスティアン・フェルバー氏に基調講演をしていただきました。いずれも、国際社会全体を巨視的・分野横断的に俯瞰し、我々に全く新しい視点を与えてくれる、まさにCGRのキックオフシンポジウムにふさわしい方たちでした。

そうした知の巨人に、国際政治学、医療社会学、言語社会学、環境政策、経済思想史といった幅広い分野の本学CGR教員が様々な角度から議論を投げかけていきました。これによって基調講演者のお話しは、更に膨らみを持つこととなり、CGRが目指す文理・分野横断的な研究の方向性が見えてきたのではないかと思います。同時に、これは明確な方向性を見失うことも容易いとも言えます。しかし、逆に言えば、それだけグローバルリスクの研究というものが重層的で複眼的な視点を要し、チャレンジングな研究領域であることを意味するのではないでしょうか。今後のCGRのチャレンジに期待したいと思います。(CGR副センター長 西田 充)

CGRキックオフシンポジウム午前:プレセッション

CGRキックオフシンポジウム午後1:オープニング・トーク、セッション1

CGRキックオフシンポジウム午後2:セッション2、クローズリング・トーク

※動画は複数ありますので、再生リストを掲載しております。

プレセッション報告

午前のプレセッションでは「グローバルリスクと情報」をテーマに、長崎大学の部局を越えた文理協働プロジェクトの一環として、パネルディスカッションが組織されました。いわゆる「誤情報」、「偽情報」はいまやグローバルリスクのなかでも最も注目されるもののひとつとされていますが、実は外交、政治、経済、社会などを通じて、かなり以前から世の動向を決めるカギとされてきました。

例えば、国際関係を見ても、「大虐殺」や「戦争の勃発」、「大量破壊兵器の保有」をめぐる真偽などは時代を超えて議論されており、昨今はロシアのウクライナ侵略をめぐる様々な情報戦が注目されています。現在と過去の情報戦の違いを強調すれば、それはSNSやAIによる高度な情報操作が、市民レベルを含めても、可能になった点でしょう。とりわけ、国家機関が意図をもって仕掛ける詳細なフェイクニュースは精巧であり(近年ではロシアによる「プチャ虐殺」の否定)、なにが事実でなにが虚構なのかを見極めるのが難しい時代になりました。

しかしながら、逆に言えば、国や自治体、企業、大手メディアなどに独占・寡占されていた諸情報を、市民レベルで検証し、嘘と本当を見分けることができるチャンスが生まれているともみなせます。本セッションでは、そのような問題意識をもとに、国や企業、政治や市場など様々な場所から発せられる情報を、地域の人々がどのようにこれを受け止め、向き合っていくかを議論したいと考えました。いわば、ローカルを足場に情報を読み解くインテリジェンスをどのように磨き、共有していくかという志向を論議の出発点としました。

センターからは佐藤靖明(多文化社会学研究科)と高村昇(原爆後障害医療研究所)が登壇し、これに核兵器廃絶研究センターの中村桂子、学外からは山口在住の安渓貴子(生物文化多様性研究所)が 加わり、アフリカと紛争、被爆治療、被爆と地域コミュニティ、種苗法と生物多様性といった異なる題材を手がかりに、議論を行いました。ともすれば、グローバルリスクは巨視的な観点からアプローチするものと思われがちですが、世界同時多発現象はまれであり、具体的なリスクはローカルな場で(多少の)時差を伴いながら、様態を変えながら派生し、展開していくことが多いものです。予見が難しい事象をいち早く発見し、その連鎖を読み解き、これに立ち向かうのがグローバルリスク研究のモットーだとすれば、情報に関する研究は、多様や争点のなかに共通するリスクを見出し、これをローカルなインテリジェンスで向き合い、このネットワークを育てることで世界を変えていこうとする志を共有するものと考えます。

具体的に実践的にどのようにローカルインテリジェンスを涵養するのかなど、課題はつきませんが、今後の議論の積み重ねが期待されています。(CGRセンター長:岩下明裕)

セッション1報告

セッション1では、「プラネタリーヘルスを脅かすグローバルリスク:我々は何をすべきか?」をテーマに、二人の基調講演者と共にCGRの二人の教員が討論を行いました。

最初の基調講演者は、ペンシルバニア州立大学 教授・副学長/ローマクラブ共同会長のポール・スリバスタバ教授でした。あいにく健康上の理由により来日が叶わずオンラインによる講演でしたが、「人新世における人類生存のリスクと地球社会の平和(プラネタリーピース)」とのタイトルで、人新世の今、大加速やプラネタリーバウンダリーズの逸脱に象徴される地球環境の変化や、資源の枯渇、大規模な暴力は、人類の生存を脅かす破滅的な危機になり得ることを説いた後、その危機に立ち向かうためには、分野横断的な統合分析、アカデミアの立場を超えた超学際研究、そして、より積極的に自然や生命の再生を目指し人間の生活とそれを取り巻く地球環境全体の平和を意図するプラネタリーピースの考え方やそこへ向けたシステムズアプローチが必要であると訴え、プラネタリーピースに関するローマクラブの取組みについても紹介しました。

次の基調講演では、国際連合大学上級副学長/東京大学特任教授の白波瀬佐和子教授が、「ジェンダーと世代との繋がりから見るグローバルリスク」とのタイトルで、持続可能開発目標SDGsの進捗には国・地域により差があること、高齢化とジェンダー不平等は世界的な問題であり、世代や教育の違いと同様、ウェルビーイングに関する様々な指標において差異を示していること、ジェンダー格差が最も大きいのは東アジアと太平洋諸国であること、などについて解説し、また世界が二極化していることの問題も指摘しました。最後に、これらに伴うリスクを認識し対処するためには、データに基づく国際協力が不可欠であると述べました。

お二人の講演に対して、多文化社会学研究科/CGRのコンペル・ラドミール准教授と熱帯医学・グローバルヘルス研究科/CGRのリナ・マダニヤズ准教授が、それぞれの解釈と思考を基に発言を行いました。ラドミール准教授はスリバスタバ教授に対し、再生やエコ文明の考え方の基盤にある全体論的思考やシステム思考に付随する懸念を伝え、プラネタリーピースとそれら思考との関係性やローマクラブの具体的な活動について質問しました。また白波瀬教授には、科学的リスクマネジメントにおける研究者自身の立ち位置やSDGs設計における西洋的な近代思考の影響について問いかけました。さらに自身の研究フィールドでもある沖縄での自然と人間の生活の融合について紹介しました。マダニヤズ准教授は、スリバスタバ教授の講演において特にリスクに関する事象の連関性に注目し、環境疫学の専門家としても、自然に対する適応的柔軟な見方を重視しつつ超学際研究を実践する大切さを強調しました。また白波瀬教授の講演に呼応し、気候変動の健康影響が大きいのも女性や女児であることを指摘しました。

本セッションでは、現代のグローバルリスクが相互に連関しながら人類の生存の脅威となっていることが示され、それらリスクに対処する包摂的で国際的な枠組みにおいてさえ、ジェンダーや人権といった基本的な問題がまだ取り残されていることが指摘されました。今回の一つのセッションとしては、「我々は何をすべきか?」の解は得られませんでしたが、CGRが研究として取り組むべき方向性は示されました。そして、解を探る方法の端緒は、プレセッション、セッション2でも認められました。本セッション1は、春日文子熱帯医学・グローバルヘルス研究科/CGR 教授・副センター長が司会・趣旨説明を務め、まとめとしてセッション間の繋がりにも言及しました。(CGR副センター長 春日 文子)

セッション2報告

セッション2では、「ポリクライシス(複合危機)の時代における価値の追求」と題し、ポリクライシスを乗り越えるための方策として、普遍的価値に基づく全体論的アプローチ(公共善エコノミー)を提唱するクリスチャン・フェルバー氏に基調講演を行ってもらいました。その後、CGRの教員であるギュルベヤズ・アブデュルラッハマン准教授(記号論、社会理論)、南森茂太准教授(日本経済史・日本経済思想史)、昔宣希准教授(環境経済学)を交え、人間の価値はポリクライシスを越えられるのかという論点につき、パネルディスカッションを行いました。

ポリクライシスとは、例えば、気候変動による環境破壊、自然災害、パンデミック、核使用のリスク、生物多様性の喪失、経済の悪化、紛争の勃発、サイバー犯罪といった個別の危機が同時多発的に生じることにより、それぞれの危機の間で相互作用が生まれ、個別の危機がさらに増幅される状態のこと、そして、個別の危機が増幅されるだけではなく、ロシアによるウクライナ侵攻が気候変動への対応を遅らせているように、他の危機への対応を遅らせるような状態のことを指します。私たちは確実にポリクライシスの時代に突入しているといえるのではないでしょうか。

基調講演者のフェルバー氏は、冒頭、現在私たちが生きている社会が本末転倒の状態に陥っていることを示すために、両手の支えなしで頭だけで逆立ちができるかを見せてくれました。頭だけで逆立ちができたのは一瞬だけ。本末転倒の状態が、如何に不安定で持続可能でないかの印象的なメタファーでした。続けてフェルバー氏は会場の参加者に問いかけました。「人間関係において皆さんが最も大切にしている価値は何ですか?」と。会場からは、「平和」、「愛」、「信頼」、「敬意」、「対話」、「公正」、「尊厳」といった声が上がりました。次にこう問いかけました。「では、経済で重視されている価値はなんでしょう?」。会場からは、「競争」、「利益」、「利潤」、「効率」、「成長」、「お金」、「誇り」などが挙げられました。フェルバー氏は、人間関係において私たちが大切にしている価値は、どこの国の人に聞いても同じで、普遍的価値といえるが、経済においてはこれらの普遍的価値が重視されていない、本末転倒な状態となってしまっており、それこそが我々が直面しているポリクライシスの原因となっていることを、図等を用いながら説明してくれました。その上で、人間の普遍的価値に重きをおいた新しい経済モデル「公共善エコノミー」について紹介いただきました。2010年にフェルバー氏により創始された「公共善エコノミー」は、公共善への取り組み度合いで測る「公共善決算書」を企業が導入することで、利益の追求ではなく、公共善の追求に経済システムを変えていくというものです。フェルバー氏によれば、資本主義とも共産主義とも違う第三の道、新しい経済モデルの一つ、とのことでした。

パネルディスカッションでは、この「公共善エコノミー」の実現可能性、企業の行動変容をどのように促していくことができるのか、企業が「公共善エコノミー」を導入するためのインセンティブとは何か、剥き出しの利益追求を野放しにしないためにはある程度の規制は必要なのではないか、といった論点について議論が行われました。

パネルによる議論は大いに盛り上がりましたが、時間的制約もあったため、この問題については場を変えて引き続き議論していくこととなりました。(副センター長 樋川 和子)